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東京高等裁判所 昭和39年(ネ)1275号 判決 1966年4月27日

控訴人 国

代理人 荒井真治

被控訴人 芝山町千代田農業協同組合

主文

原判決を取消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事  実<省略>

理由

(証拠省略に)よると、昭和三〇年八月二四日、被控訴人の販売主任斎藤和行名義で裸麦一二五俵、普通大麦八俵、小麦二五四俵その他合計五〇二俵の麦が佐原警察署司法警察員に任意提出され、同警察署司法警察員においてこれを領置し被控訴人にその保管を託したが、右麦は麦等の仲買人藤崎静男が千葉県香取郡大栄町所在の諸岡照一の政府指定倉庫から窃取した同人保管にかかる政府所有の麦であつたのであつて、藤崎は窃盗罪により佐原区検察庁に送致され次いで佐原簡易裁判所に起訴され、昭和三一年五月八日有罪の判決を受けたこと、これより先昭和三一年二月一七日右五〇二俵の麦中四八〇俵は千葉食糧事務所佐原支所に、二二俵は諸岡照一にそれぞれ仮還付され、更に同年五月一〇日右四八〇俵も仮還付先を変更して諸岡照一に仮還付された上、同日付で右五〇二俵は右諸岡に本還付されたが、右仮還付並びに本還付の手続は佐原区検察庁検察官副検事行木光が行つたものであることが認められる。(但し右事実中、右五〇二俵の麦中五〇〇俵が領置されて被控訴人に保管を託されたが、その大部分は政府所有物件で藤崎が諸岡方から搬出したものであつて、藤崎が起訴され有罪判決を受け、そして右五〇二俵の麦が昭和三一年二月一七日右の如く仮還付され、同年五月一〇日右の如く本還付されたことは当時者間に争がない。)

ところで、被控訴人は、右五〇二俵の麦中五〇〇俵は、被控訴人が同種の物を販売する商人である藤崎から買受けたもので、被控訴人は藤崎が窃取したものであることは少しも知らず、またその点について過失もなかつたから、民法第一九二条により被控訴人の所有に帰したかないしは同法第一九四条により代価の弁償を受ける権利を有するものであり、従つて佐原区検察庁検察官のなした還付手続は被控訴人の権利を不法に侵害するものであると主張するので、この点について判断する。

(証拠省略)によると、被控訴人の販売主任である職員斎藤和行は被控訴人を代理して昭和三〇年八月二三日藤崎静男から右麦五〇〇俵を代金一〇二万八六一五円で買受けれものであることが認められる。控訴人は、農業協同組合は生産者から売渡の委託を受けた場合にのみ政府に麦を売渡すことができるのであつて、被控訴人は本件の麦を政府へ売渡す手続をとつていたから、藤崎から本件麦を買受けたものではないと主張するが、なるほど(証拠省略)によれば、政府は生産者又は生産者の委託を受けた農業協同組合その他政府の指定する者から麦の売渡を受けるのであつて、農業協同組合は生産者以外の者から麦を買受けることはできるが、これを政府以外の者に売渡すことは格別政府に売渡すことはできないのであり、一方被控訴人は本件麦を生産者から売渡の委託を受けたようにして千葉食糧事務所に売渡す手続を取つたことが認められるから、被控訴人が藤崎から買受けた麦を政府に売渡すことは違法ではあるけれども、その故に藤崎と被控訴人との間の契約が売買ではないということはできず、他にも前記の認定を左右するに足りる証拠はない。

しかし、(証拠省略)によると、斎藤和行は昭和三〇年八月一四日頃藤崎から麦が五〇〇俵ばかりあるが買わないか、その麦は検査済のものも検査済でないものもある、生産者の販売委託書はない等といわれ、その後千葉食糧事務所東金支所二川出張所の食糧検査員木川隆に、組合員以外の者から買う麦は販売委託書がなければ政府に売渡すことができないかどうかを尋ねたところ、販売委託書がなくても再検査をすれば政府が買受けることができるとの回答を得たので、被控訴人の組合長実川清之の了解を得た上本件麦を被控訴人において買受けることとしたものであつて、被控訴人は藤崎に対して代金一〇二万八六一五円より一俵あたり一〇円合計五〇〇〇円の検査料を差引いた一〇二万三六一五円を支払つたことが認められるのであるが、(証拠省略)によると、麦は政府の買入価額がその売渡価額より高いため、生産者はその生産にかかる麦を大部分政府に売渡しており、生産者から政府に売渡される以外のいわゆる自由麦は、ビール会社と直接ビール用の麦を取引する以外は、一般に出廻るものが極めて少く、それも大部分は飼料用の粗悪品であり、政府に売渡す麦は農産物検査法による検査を受けることを必要とするが、自由麦は検査済のものは殆んどなく、農業協同組合が種子用として買受けるもの程度にすぎず、従つて多量の検査済の麦が一時に出廻つたとすればまず政府買入の麦と考えて間違いないこと、当時香取郡大栄町方面では麦の集荷は八月一五日頃までに概ね終つていたことが認められる(証人斎藤和行の当番(第一、二回)の証言中右認定に反する部分は措信できない)ので、斎藤が藤崎より八月半ば頃になつて一時に五〇〇俵もの麦の売買の話があり、しかも検査済のものもあると告げられたからには、その頃になつてそのような多量の麦が存すること、しかもそのうちには検査済のものも存すること、更に藤崎は既に検査済の麦についても再び検査料を支払つてもこれを売渡そうということなどに不審を抱き、政府所有の麦ではなかろうかとの疑いをもつて、藤崎が麦を入手した径路について十分調査すべきであると考えられ、しかも(証拠省略)によると、八月二三日藤崎が持込んだ五〇二俵の麦中二二俵を除いた四八〇俵には検査票箋がついており香取郡大栄町の生産者の氏名が記載されていたというのであるから、被控訴人においてはますます前記のような疑いを深めて調査をすべきであり、そして(証拠省略)によると検査票箋には担当検査官の氏名捺印が存することが認められるから、これを便りに藤崎が麦を入手した径路を調査することもさして困難とは考えられないにも拘らず、斎藤は当初藤崎より本件の麦は肥料代金を回収するため取得したものであると告げられたのみで、それ以上出所をただすこともしなかつたことは(証拠省略)によつて明らかであり、斎藤その他被控訴人の役職員がそれ以上の調査を行つたことを認める資料はないから、被控訴人が藤崎から本件麦を買受けてその代金を支払つたのは極めて軽卒であり、本件の麦が政府所有の麦であることを知らなかつたことについて被控訴人には過失があるといわなければならず、従つて被控訴人が民法第一九二条により本件麦の所有権を取得したかないしは同法第一九四条によりその代価の支払を受ける権利を有し、佐原区検察庁検察官の処分によりその権利を侵害されたとの被控訴人の主張は到底採用できない。

よつて、被控訴人の本訴請求は失当であるから、これを認容した原判決は民事訴訟法第三八六条によりこれを取消した上、被控訴人の請求を棄却すべきものとし、訴訟費用の負担について同法第九六条第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 福島逸雄 今村三郎 長西英三)

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